ワールド制作について最近思っていること

まえがき

いろんなひとがワールド制作についていろんなことを言っていたので、私も何か言ってみることにしました。

いままでにTwitterで呟いたことのまとめみたいな部分もあって、特に目新しい情報はないかもしれません。またすでにほかの人が言っていることに重なる部分もあると思います。お暇な方は読んでいってください。

何を「綺麗」と思うのか

"Questでも綺麗なワールドを見たくて自給自足する人"

これは私のTwitterプロフィールにある文言です。

私は綺麗なワールドが好きです、と言ったところで、多分みんなそれは同じだと思います。違うのは何を綺麗だと感じるかだと思いますが、では、私にとっての綺麗とはなんでしょうか。

あるフレンドは、所謂Liminal系のワールドを好んで巡っているようです。本人曰く「陰湿」な雰囲気のものが多い。私もLiminal系ワールドは良いものだと思いますが、「綺麗」だとは思っていないような気がします。でも彼はそういう陰湿さもひっくるめて「綺麗」だと思うんだそうです。

「Olympia」「ORGANIM」という有名なワールドがあります。私も行きましたし、感動しました。確かに綺麗だなと思いました。でもこれは客観的な「綺麗」であって、主観的な「綺麗」ではないと感じています。よく作られている良いワールドですが、「このワールドは好きですか?」と聞かれたら、首を傾げます。最近だと「井の頭公園駅」も似たような感じです。

私の好きな、綺麗だと思うワールドは、(特に断りもなく勝手に名前を出してしまいますが)例えばyukiさんとか、はにょえさんとか、ポケットさんとか、yo-gurutoさんとか、Estyさんとかが作られているようなものです。もちろんほかにもたくさん好きなワールド作者さんはいますが、とにかくそういう感じの雰囲気です。幻想的な絵とか、植物的な絵とかのわかりやすいやつが私の好みのように見えますが、実はそう単純でもなく、ぱっと見「そういう系」でも意外と刺さらないワールドも多いです。

結論を言ってしまうと、何が私にとっての「綺麗」なのか、全然さっぱりわかりません。ある程度の傾向はありますが、「これだ!」と定義しきることはできていません。自分が何を感じているのか、もっと言語化できるようになりたいものです。ワールド制作に限ったことではないですが。

「綺麗」の欠片を集めて

さて、「何が自分にとっての綺麗なのか、結局わからん」と放り投げてしまうのもなんだか癪なので、私が今まで作ったワールドの中から、綺麗だと思っているものをあげてみようと思います。もし何か共通点が見つかったら、私に教えてください。

「あの夏に閉ざされて-Chronostasis-」

このワールドにはほんのりとバックストーリーがあります(ワールドの中ではほとんど語られていません)が、時代設定は特に考えていません。中世でも、近代でも、現代でもお話自体は成り立ちます。

見る人によっては、近世以前っぽい雰囲気の建物や小物の中に堂々と現代的な電柱が並んでいるのが気になるかもしれませんが、私は特になんの違和感もなくこの景色を気に入っています。

実をいうと電柱があるのは着想を得た楽曲のPVがそうだったからで、景色としては別にあってもなくてもそんなに変わらない気はします。

 

「CARNATION˸Recollectionー想い出ー」

ここは二次創作というかファンアートというか、再現ワールドなので数に入れるか迷いましたが、この絵が好きなので入れておきます。

やりたかった窓の表現と、やわらかい背景色のグラデーションが上手くいったので気に入っています。作ってる最中は自分で見すぎてよくわからなくなって、お蔵入りにしようかとも考えていましたが、フレンドがかなり気に入ってくれたのと公開してほしいというありがたい声を受けて公開しました。今は公開してよかったなと思っています。

 

「追憶のレコード-Songs of Memories-」

レコードシステムを作ろうとして、結果的に景色も作ってしまったワールド。ここがどういう場所でなんの建物なのか、なにも決めていませんが雰囲気がいいので気に入っています。見る人が見れば建物の細かいところにツッコミが入りそう。

 

「聖堂-Before The Decay-」

本格的にモデリングにチャレンジし始めたころのワールドです。夜の方は隠しポータルからしか行けないようになっていますが、私はどちらかというとこっちのほうが好きです。

これも見る人が見ればツッコミどころ満載だと思いますが、個人的に雰囲気はお気に入りです。結構頑張って作ったからというのも理由かもしれません。

 

「あわいの書庫~The Boundary Library~」

いまのところ私のワールドの中で一番人気?です。かなり難産だったのもあってその理由はわかりませんが、雰囲気自体は私も気に入っています。

ここも世界観設定のないワールドです。「紫の夕焼け」というお題から始まって、見た目がよくなるようにポンポンとオブジェクトを生やしていたらこうなっていました。

 

「遥かなる旅の果てに~The Faraway Journey~」

空と水面がランダムにちぐはぐになるギミックを作りたかったワールドです。

水没した線路はVRChatにおいてありふれすぎるほどありふれていますが、どういうわけか何度見ても一定のエモさを感じてしまうのが悔しいです。

ワールド制作初期のころに作ったワールドですが、その中では今でも気に入っているほうです。ウユニ塩湖が綺麗なのがいけない。

綺麗≠好き

ここに挙げたもののほかでも、自分のワールドにはそれぞれ愛着があるので、ちゃんと気に入っています。ただ、それらは「綺麗」とは少し違うところで気に入っているような気がします。ほかの人のワールドでも同じことがあります。このあたりももっと言語化したいのですが、今はまだ解像度が低くて難しそうです。

正しいことと美しいこと

これは少し前にTwitterでつぶやいて、ちょっと多めの反応があったことですが、私はワールド制作において「正しいこと」は気にしていない(というより、気にしたくない?)ようです。

どうやって自立しているのかわからない建造物をつくり、なんの光源からかよくわからない光を当て、時代背景のバラバラなオブジェクトを並べています。それが美しいと思うからです。そして正しいことを考えるのは面倒だからです。趣味でやっていることなので、面倒なことは極力したくないのです。

私のワールド制作のスタートは、大抵は何らかの「見たい一枚絵」です。こんな絵がほしい、こういう景色を見たいというところからスタートします。それらのきっかけは、音楽であったり、実際に見た景色であったりしますが、ともかくそれらスタート地点の絵は、とてもぼんやりとしています。「自分の部屋の絵をなにも見ずに記憶だけで描いてください」と言われて正しく描ける人はほとんどいないと思いますが、そんな感じです。目の前にモデルがあるわけでもない、想像上の絵を3D空間にどうにかこうにか描き出していく作業が、私にとってのワールド制作です。私は2D絵を描かない(描けない)のでわかりませんが、絵を描くのと同じなんじゃないかと勝手に思っています。違ったらすみません。

頭の中の絵には必ず、不明瞭な部分があります。「ここはどうなっているんだろう」と考えて、手が止まります。無視してとりあえず見えている部分だけ作ろうと思っても、空間はつながっているのでどうしても進めないこともあるし、単に気になりすぎて思考がストップすることもあります。不明瞭な部分は一か所だけでなくいくつもあるので、ある程度の絵ができるまでにそれが何度も続きます。こういう不明瞭な部分をどうにかしようとするときに、「正しいこと」を考えてしまいます。私が世界の創造主だから勝手に決めてしまえばいいのに、普段の私が正しい物理世界に生きているからか、そう簡単にはいかないようです。

そうやって「正しいこと」に思考を奪われると、スタート地点で見ていた絵がどんどんぼやけてしまうような気がして、とても焦ります。私はワールドを作っているとき、内心焦りを感じていることが多いです。

「正しいことより、自分が美しいと思うこと」というのは、そういう自分に言い聞かせている言葉でもあります。

つくることと考えること

また、これも前につぶやいたような気がしますが、私は「つくること」よりも「考えること」のほうが好きです。つくるというのは、考えたことをほかの人に共有する手段であって、目的ではないと感じています。頭の中でワールドの構想を練るだけ練って、表に出さないどころか形にすらせずに満足することもあります。つくることに伴う種々の実作業は嫌いではありませんが、やらなくてすむなら、多分やらないほうを選ぶと思います。

そして、つくることには時間がかかります。その間に考えていることがぼやけてしまうような気がして、こっちでも焦りを感じたりします。もっとゆったりとつくることを楽しめるようになりたいですね。

おわりに

まとまりのない文章でしたが、最近のいろんなひとの考え方を見て、自分の考えていることを少し言語化してみました。自給自足とか、やりたいときにやりたいことだけやるだとか、それらのスタンスを変えたわけではないけど、言い聞かせみたいになっていた部分もあるので、来年は自然体でそうあれるようにしたいですね。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

それでは、よいお年を。